子供時代は
学校に上がる前から軍人に憧れ、兵隊や軍艦・戦車・戦闘機などの絵ばかり描いた。昭和17年国民学校に入学。教室の正面の壁に向かい天皇皇后両陛下の写真の前で一礼し、席に着いた。「修身」の教科書を押しいただき熟読。毎日ではないが、放課後は戦争ごっこの遊びが楽しかった
若い人は戦争に駆り出され、農村の子供は家業の手伝いが普通だった。 国全体に「鬼畜米英」「「一億一心」等の語句が罷りとおる時代。子供たちも国策によって洗脳されていた。東京の従妹家族が焼け出され疎開してきても、神の国日本は必ず「勝つ」の自分の信仰心は揺るがなかった。
飛び交うデマ
昭和20年4年生の夏休みを楽しんでいた。8月15日「玉音放送」は知らないで泳いでいた。帰りに「日本は負けた。島民は皆殺し」と聞き身震いがした。筋金入の軍国少年の私は、米軍が来たらとにかく逃げずに挑むと決心。毎日枕元にナイフを置き寝た。信じがたい事だが、本当にそう思った。
その後、隣町に米軍が駐屯した。誰一人殺されていない事を知り、デマが飛んだとわかった。